大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島家庭裁判所 昭和42年(少イ)12号 判決 1968年6月19日

被告人 角本義一

主文

被告人を懲役三月に処する。

但し本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、妻栄子と共に昭和三五年頃から奈良県生駒郡生駒町の肩書住居において、芸妓置屋(屋号「力屋」)を経営しているもの(但し昭和三八年頃までは栄子名義で、それ以後は被告人名義)であるが、法定の除外事由がないのに、昭和四一年二月初旬頃右「力屋」において、当時満一八歳に満たない○田美○子こと○三○子(昭和二三年八月一三日生)を、適切な年齢確認の措置を尽すことなく、前借金五万円で雇い入れ、その頃から同年四月二五日頃までの間、同所に住込ませて同町内の料理店、旅館など多数の酒席に午後一一時頃まで芸妓として派出稼働させ、ときには客の求めにより売春行為をなすに至ることを知りつつ、同女を使用し、もつて児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつて、これを自己の支配下におく行為をしたものである。

(証拠の標目)(編省略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は、児童福祉法第六〇条第二項、第三四条第一項第九号に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内で被告人を懲役三月に処するが、情状により刑法第二五条第一項を適用して、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い、全部被告人の負担とする。

(被告人および弁護人等の主張に対する判断)

被告人及び弁護人等は、被告人としては○三○子を雇い入れる際、同女に生年月日、本籍等を尋ね、直ちに自称する本籍地の市役所へ戸籍抄本の送付方を申請し、年齢確認の措置を講じているので、児童の年齢を知らなかつたことに過失はない旨主張する。

そこで検討するに、右主張に副う被告人の当公廷における供述部分は、供述自体、照会した場所が宇部市役所といつたり、呉市役所といつたりして前後一貫せず極めてあいまいであるばかりでなく、またこれを裏づける証拠もないのでたやすく信用できないところであり、仮に、主張のような事実があつたとしても、自称本籍地には該当者のいないことが間もなく判明したわけであるから、被告人としては更に年齢確認の措置を講じたうえ、同女を芸妓として稼働さすべきである(逆にいえば年齢の確認ができるまで稼働させてはならない)のに、前掲証拠によれば何等右の措置を尽すことなく、そのまま本籍、年齢等不明の状態で判示日時頃まで同女を芸妓として使用したことが認められるので、結局被告人には、同女が所謂児童であることを知らなかつたことにつき、過失がなかつたとはいえないこと明白である。したがつて被告人等の主張は採用できない。

次に弁護人は、本件は正当な雇用関係に基くものであると主張する。しかし児童福祉法第三四条第一項第九号にいう「正当な雇用関係」とは、同法の精神に照らし、その雇用関係の内容が児童の福祉に有害であること一見明白なものは、たとえ当該児童の自由意思により雇用契約が締結されたものであるとしても、これを「正当」なものといえないと解すべきところ、前掲各証拠によれば、三○子は芸妓として夜一一時頃まで酒席にはべつて遊客の相手をし、時には客の求めにより売春をもする状況(勿論売春まですることは雇用関係の内容ではないけれども、同女の前借と関連し、結局事実上売春をせざるを得ない状態であつた。)にあつたことが認められるので、このことからすると、その内容が児童の福祉に有害であること一見明白であるから、被告人と同女との本件雇用関係が「正当」なものであつたとは、到底解し得ないところである。したがつて右主張も理由がない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 植杉豊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例